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台湾の舞踊

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表紙:雲門舞集(クラウド・ゲイト舞踊団)の『行草』三部曲は、書の行書や狂草などの要素を取り入れた現代舞踊で、肉体によって書の躍動美を表現している。(「雲門舞集」提供)

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収穫祭で、ヤミ族の女性たちは祖先や民族への愛と海への礼讃を込めて「髪舞」を舞う。 (観光局提供/邱瑞金撮影)

台湾はそのエスニック構成と歴史的背景のために文化的に豊富な淵源を持ち、そのため舞踊の種類も多く、台湾特有のダンスシーンを育んできた。以下に、原住民族の祭典の舞、中国の民間信仰から生まれた舞踊やカンフー、西洋から入ってきたバレエ、現代舞踊、ポストモダン舞踊、そしてカテゴリーを超えた創作舞踊、また一般の人々に愛される社交ダンスやストリートダンス、エアロビクスなどをご紹介する。

台湾の大地が育んだ舞踊

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民間の祭典や行事で、お面をつけて手に赤い傘を持って踊る「十二婆祖陣」。十二婆祖とは、註生娘娘(子宝の神)の十二人のお付きで、乳母だと言われている。 (観光局提供/陳慶良撮影)

台湾の原住民族は14族、そのうち優美な歌舞の伝統を持つアミ族や荘厳な祭典で知られるツオウ族などが、台湾に鮮明な原住民舞踊文化をもたらした。これらの舞踊は多くの大規模な祭典や儀式、さらには海外でも上演されている。中でも1991年に創設された「原舞者」は台湾の原住民族によって組織され、人類学者によるフィールドワークを通して年配者から学んだ祭典儀式(サイシャット族の矮霊祭やプユマ族の年祭歌舞など)を舞台で再現する。近年は原住民が生活の中から題材をとった創作舞踊もある(2009年の「大津波―太巴塱神話故事」など)。

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厳粛で神秘的な八家将の陣頭。祭りのパレードの先頭に立ち、特殊なステップを踏みながら神々のために道を開く。 (陳建元撮影)

 約400年前、中国大陸から漢民族が移住し始めた。農業社会だった当時は、暦に合わせて行なう廟の祭りとともに、八家将、車鼓陣、十二婆姐などの信仰儀式も入ってきた。  

こうした中には南北管や梨園戯の演技もあり、そこから歌仔戯(台湾オペラ)が生まれた。歌仔戯の立ち回りや基本ステップは、中国大陸の京劇をはじめとする地方戯曲と相通じるものである。こうした民間信仰に伴う舞踊形式は、1988年に設立した「台北民族舞団」創設者の蔡麗華らによる研究を通して舞台芸術として再現されており、また新たな創作舞踊のインスピレーションとして用いられ、台湾の伝統に新しい命が吹き込まれている。

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「江之翠劇場」による『後花園絮語』は、南管音楽と梨園の繊細な舞を融合させた舞台だ。 (「江之翠劇場」提供)

梨園楽舞の復興は、呉素君と「漢唐楽府」の合作による『艶歌行』や、2002年の板橋林家花園と「江之翠劇場」の合作による『後花園絮語』に見ることができ、南管楽舞に新たな契機をもたらした。

西洋舞踊:日本からアメリカ、ユーラシアへ

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漢唐楽府による梨園楽舞「艶歌行」。娘役のたおやかな身のこなしは、春の郊外を散歩する喜びを表している。 (「漢唐楽府」提供)

日本時代には、日本を通して間接的に西洋文化が入り、特に女性の身体表現解放に新たな刺激となった。小中学校教育においてヨーロッパ式の体操が取り入れられ、また日本の現代舞踊の父と呼ばれる石井漠の台湾公演もあって台湾の若者に大きな影響をおよぼし、後に李彩娥(1925-)や蔡瑞月(1921-2005)は東京で舞踊を学んだ。蔡瑞月は1953年に台北に「中華舞踊社」という教室を開き、石井漠の現代舞踊スタイルを受け継ぐ他、民族舞踊コンクールが盛んだった1950年代には『苗女弄杯』など多くの名作を創作した。「中華舞踊社」は戦後の台湾の重要な文化基地となり、游好彦など多くのダンサーを育てた。1999年に中華舞踊社は古跡に指定され、以来、定期的に舞踊フェスティバルや座談会が開かれ、今も舞踊芸術推進に大きな役割を果たしている。

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『沈黙の杵音』は、劉鳳学が原住民族が祖先や生命、生活を礼賛する歌舞を素材に、現代舞踊へと転化させた作品だ。 (唐根礼撮影)

だが、台湾の現代舞踊が大きく発展したのは1960年以降である。冷戦中、台湾とアメリカは友好関係にあり、アメリカの多くの著名舞踊家――アルヴィン・エイリー、ホセ・リモン、ポール・テイラーなどが、アメリカ国務省の推進する文化外交政策の下で来訪し、強烈な個性を放つモダンダンスを通してアメリカの民主主義を宣揚した。こうして、戦後の台湾でダンスを志す若い世代はアメリカへ留学するようになる。帰国後の1973年に「雲門舞集」(クラウド・ゲイト舞踊団)を設立した林懐民もその一人だ。同じ頃に成立した「新古典舞団」(ネオ・クラシック・ダンスカンパニー)は、戦後に国民党とともに台湾に移ってきた劉鳳学が1976年に設立したもので、彼女は中国東北での生活と後のドイツ留学を背景に、今も新作を発表し続けている。

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羅曼菲(1955 -2006年)は優れた舞踊家であり、振付師であるとともに舞踊教育家でもあった。ソロの演技が多く、欧米やアジア各国で公演した。 (「台北越界舞団」提供/劉振祥撮影)

1987年に戒厳令が解除されると、舞踊団から独立したダンサーによる新たな舞踊団設立が相次いだ。1989年に平珩が創設した「皇冠劇場」と「舞踊空間舞団」は中規模のプロダンスグループで、羅曼菲や古名伸といった振付師に創作の場を提供した。雲門舞集から独立した劉紹爐は「光環舞集」を、林秀偉は「太古踏舞団」を設立、振付師の陶馥蘭らは「雲門舞集」が一時活動を停止していた1988-1991年の間、ダンスシーンで活躍し、東洋の座禅や太極拳、武術などの肉体訓練を通して東洋の美を表現した舞踊を創作した。

「光環舞集」の『平板』は階段状の道具を用い、肉体表現と音によって、開墾時代の客家の団結と奮闘の精神を表現する。(劉振祥撮影)

21世紀においては、独特の文化的特色を持っていなければ世界のダンス市場の一角を占めることはできない。雲門舞集は1990年代に活動を再開して以来、より一層ダンサーの東洋的肉体訓練を重視するようになり、熊衛が伝統の太極拳から発展させた「太極導引」を取り入れた。関節をリラックスさせて気をスムーズに流すという道教の太極で、これを林懐民が現代舞踊の概念で『水月』(1998年)、『行草三部曲』(2001、2003、2005年)などとして舞台で表現し、世界的にも台湾舞踊の成熟と創造性が高く評価された。もう一人、世界的に尊敬を集める台湾の振付師、林麗珍は「無垢舞踊劇場」の唯美的なスタイルで世界に知られている。

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「無垢劇場」による『醮』の〈水映〉。踊り手は心を静め、精神を集中して一気に長い袖を振りだす。袖は踊り手の心の延長となり、波のように美しい曲線を描き出す。(「無垢劇場」提供)

 これらに比べると、台湾のバレエ界の活動は限られている。近年比較的活躍している「台北首督バレエ団」と「台北市内バレエ団」は経常的に新作を発表しており、「台北ロイヤルバレエ団」も古典的名作を上演し、台湾のバレエダンサーの育成を続けている。  

若い世代による新しい舞踊団も多く、それぞれにオルターナティブな創作方法で台湾のさまざまな観点を表現している。例えば、中堅の姚淑芬の「世紀当代舞団」の作品は、女性の観点から生まれたもので、生活に密着した題材を扱う。アメリカのマーサ・グレアム・ダンスカンパニーの首席ダンサーである許芳宜と「雲門舞集2」の振付家Bulareyaung Pagarlavが設立した「Lafa舞団」は国内での上演と教育を行なう他、アメリカのジョイコブズ・ピロー・ダンス・フェスティバルに招かれるなど、世界各地でも公演し交流している。

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「雲門舞集2」の『跳Tone』。鄭宗龍が創作した〈楽〉の舞は、音楽と舞踊が融合した魅力的な舞曲である。 (「雲門舞集2」提供)

 一方、陳武康、楊育民、蘇威嘉など、急速に知名度を高めてきた男性ダンサー数名が2005年に創設した「驫舞劇場」(ホース・ダンス・シアター)は、すべて男性からなる舞踊団で、集団創作の形で年度作品を発表しており、台湾を代表するダンスグループの一つとなった。また、鄭宗龍、黄翊、周書毅らは、大学のダンススポーツ学科出身の優秀なダンサーで、しばしば「雲門舞集2」などのプロダンスグループの委託を受けて創作している。彼らの手法は従来の形式にとらわれず、マルチメディアの映像やデジタルテクノロジーなどをも導入し、若い世代の創意を発揮している。  

劇場型のプロのダンスパフォーマンスとは別に、台湾の一般市民にもダンス愛好者が多く、中正記念堂の広場や国父記念館の軒下、あるいは各地の公園や地下街のパブリックスペースなどに集まってダンスや武術の練習をする人々の姿をよく見かける。一般のダンス教室やスポーツジムなどでも、子供リズム体操やカンフー、それに流行の社交ダンスやヒップホップ、ジャズダンス、ヨガ、ベリーダンス、フラミンゴ、さらにはインドのボリウッドなどの教室が開かれており、台湾のダンスの多様性が見て取れる。

著者:林亜婷


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台湾の若者たちは、すでに台湾特有のストリートダンス文化を生み出し、発展させている。 (荘坤儒撮影)

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